奇跡に導かれたミニワーク開催。。最終章「ミラクルはある!」

みなさまこんにちは、あっこです。

光の人がやってきて、あっという間にミニワークを

やることになったところまで書きました。

 

さて、ミニワークを開催する事にはなったけれど、

企画をイージーアップ中心に練っていたある日、

ひょんなことで、神戸メンタルサービスの

4月ワークに参加することになります。

実は、娘が神戸メンタルの初級コースに在籍しているので

一緒に出ない?と誘われたためでした。

 

こうして、親子とも受講生という極めて珍しいスタイルで

4月ワークに参加した私は、この時感じた事をもとに、

みんな親から愛されているということを

ミニワークのテーマにすることに決めます。

こうして、ミニワークの第一部のテーマが「母の気持ち」

に決まりました。

 

第二部は、10年もブランクが開いてしまって、それでも

ミニワークを開くことに決まったという奇跡と、

一方でなぜ10年もできずにこじらせたのか、という思いから

「ミニワークができずに10年もこじらせた私が 

 ミニワークを開催できたワケ」とし、

一部二部共通のテーマを「自分の存在価値を受け取ろう」

としました。

 

ところが、そうなったら出てきたのです。。。

”ミニワークやりたくない。。。”という気持ちが(><)。

とにかくやりたくない、そればかりがどんどん出てくるのでした。

 ミニワークを開催する、という事は、自分の価値を

受け取ることに他ならないから抵抗感がすごくあるのだと、

この時の私は思っていました。

 

この時期は次々とミニワークを開催したくなくなるような

事ばかりが起きてきました。

 ●会場が決まった日には娘と大喧嘩になり、親から愛されている事が

 テーマのミニワークなんて無理!と思う、

●レジュメを作っている途中でパソコンが壊れる(買い替えました。。)

●5月ワークでの告知が上手にできず失敗感にまみれる。

などなど。。。

 

そして時が足早に過ぎ、7月になりました。

娘から再び ”一緒に7月ワークに参加しない?”という

お誘いがありました。

 

私は迷いました、なぜならその回が上級コース生として

最後の1回のワークだったからです。

その上級コース生最後の1回というのは、

もともとは卒業式をやってもらうために

ずっと取っておいた回だったのです。

 

一方で、7月ワークに参加して、少しでも多くの人に

私を知ってもらいたい、という思いもありました。

ごくたまにしかワークに出ていない私のことを

知っている人がとても少ない、これは泰三さんの言っていた

集客という事に直接かかわってくることでした。

 

結果私は、3日間の7月ワークへの参加を決めます。

そうして参加した3日間の7月ワークでした、が、

眠い。。。!とにかく眠いのです、

これは3日間通してずっとそうでした。

 

ワーク中の眠気は、無意識での抵抗、拒絶を意味します。

これがいったい何を意味するのかは、

ワークが終わった約1週間後に行われる、ワークに出た人の

サポートとして開かれるコンプリーションで

ようやく知ることになります。

 

そのコンプリで、私は眠気の正体を知ります。

それは”つながりを拒絶する”というものでした。

これは心理学的には”自立”を意味します。

 

自立というのは、例えば小さいころ親に傷ついて

”もういい!パパやママには頼らない!自分でやる!”と

傷つき怒って分離した状態を表します。

 

自立の人の特徴は、人に頼らない・なんでも自分もやる。

そして人にお願いすることがものすごく苦手です。

それはお願いすることは迷惑をかけてしまう事と

感じてしまうからです。そして人間関係で傷ついたぶん、

一人でいるほうが気楽、と感じます。

 

そんな自立の道をそのまま進んでゆくと、

そこにある未来というものは独りぼっちや孤独。。。

あまり幸せな感じではありません。

 

コンプリで、この自立の話を聞いていて

ものすごーーく思い当たると思い、

家に帰ってから数回イージーアップしてみました。

 

そうしたら心のうんと下のほうにいました、

ものすごく傷ついて、

ものすごく怒っている自分が。。!

 

傷ついて怒って超自立し、周りとの関係性を切って

独りぼっちで生きてきた(という感覚の)私が、

”ミニワークやります、この指とまれ~”と

自分からみんなに繋がってゆくなんて、

2度と傷つかないためには もう超絶やりたくないわけです。

 

私のワークに来たいと思ってくれる人なんていない、という

罪悪感や無価値感を使って自己価値を受け取らないでいたことが

10年ミニワークをできないでいた原因だと思っていましたが、

もう一つの、大きな原因は自立、

つまり周りとのつながりが切れた状態だったからでは

なかったのかと気づいたのが

コンプリのあった7月26日、ミニワーク開催の

実に2日前のことでした。

 

この翌日、つまりミニワークの前日、家に一人でいた私は、

コンプリで平さんが話していた、自立を抜けることについて

の話を思い出していました。

 

自立の道を抜けるには、もう一度周りとの信頼関係を

取り戻すことが必要になります。

 神戸メンタルではその事を”ミラクルを信じる”

と表現します。ミラクルを信じるとは、

自分が今までとらわれていた考えや やり方とは

全く違うやり方で物事が解決する、それを信じるという事です。

 

 けれども、せっかく自立の出口まで来ても、

それまでの痛みが足を引っ張り、なかなかミラクルなんて

信じられなかったりして、ここで止まったままでいる人も

少なくありません、私がそうだったようにです。

 

私のミニワークに来たいと思ってくれる人がいる、

私と繋がりたいという人がいる、

周りとちゃんと繋がっている”という事は

私にとって信じがたい事=ミラクルだったわけですが、

この日、”ミラクルか。。私にもあるのかも。。。”くらいの

かなり消極的な感じでしたが、私にもミラクルが訪れると

信じてみてもいいかもしれない。。。と思いました。

 

そこで、ミラクルを信じてみよう、でイージーアップを

しているうちに、コンプリでの平さんのお話や、

まみさん関係で参加した6月のアライブセミナーで聴いた倍音

(これも可聴領域を越える、聞こえない音を聞く、ということでは、

ミラクルを信じるのと一緒だと思っています。)

 

ミニワークやろうと言ってくれた泰子さん、

参加を表明してくださった人たち。。。。

いろいろな事が次々と心に浮かんできて

 

あれ?繋がっているんじゃない?

ミラクルって もしかしてもうあるんじゃない?と

思った途端に 感情が ガーーっと上がってきました。

ぶわ~~っと両目から涙があふれて

誰もいなかったのでその場で うわーーーっと

大きな声で泣いたまさしくその瞬間

 

ピーーーンと音がして、スマホがメールの着信を

告げました。べそべそ泣きながらメールを開くと、

それはある女性からで

”明日のミニワーク、二部から参加します”と

書いてありました。

 

ミラクル来た~~~。・゚・(ノД`)・゚・。!

この後私が超号泣したのは言うまでもありません。。

心が開いた途端にミラクルがやってきた瞬間でした。

 

こうして迎えたミニワーク当日、

緊張と、そしてどこか夢の中のことのような

ふわふわした感覚でしたが、

来られた皆さんのお顔を見て、ほっと一安心、

そのあとは落ち着いて?ワークを進めることができました。

 

予定の18時半になって、企画していたすべての

グループワークが滞りなく終わって、終わりの

挨拶をしたとたん、みなさんが

”卒業おめでとう~!!”と拍手してくれました。

 私は10年間持っていた荷物をぜーーんぶ手放した感じで

”終わった~~~~~~!!!”

と叫びました!!

 

そのあとの打ち上げは女子会となりとても楽しかったです。

一人の人がお店の人とのじゃんけんで優勝してくれたおかげで

なんと私たちのテーブルのお会計が半額に!!

調子に乗ってデザートもしっかり食べて大満足!

本当に本当に楽しかったです。

 

長かった この”奇跡に導かれたミニワーク開催”シリーズも

これで終わります。

 

読んでくださった方、本当にありがとうございました。

皆様にもたくさんのミラクルが訪れますように、

そしてそれをたくさん受け取れますように♡

 

 

奇跡に導かれたミニワーク開催。。その5「解決のゲートからやってきた光の人」

みなさまこんにちは、あっこです。

 

まみさん(杉本真由美さん)と出会い、萌えコンに入り、

10年引きずったミニワーク開催を目の前にしての

頓挫を経験した私が、萌えコンの薦めるとおり

自分主催の”お茶会”を開くことにし、その日取りを

解決のゲートの日である3月21日に決めたところまででした。

今日はその続きです。

 

お茶会を開くことを決めた2月は私にとって

一大転換期でもありました。

今働いている手芸店の面接に受かったものの、

10年いた元職場からの強い引き留めや

新しいところへ進むことにものすごく不安が出てきたりして

毎日毎日、胃が痛くなるほど悩んでいた時期でした。

 

退職するのか残るのかの決断を迫られていた2月の終わりに、

私はブログで、3月21日のお茶会の告知をだしました。

慣れないリザーブストックの設定の難しさに泣き(´;ω;`)、

胃が痛む中、ようやく作った告知文と受付の画面でした。

 

有名な人ならいざ知らず、ネットの住人の一人くらいの存在の私の

お茶会開催の発信は、それこそまみさんの言う

”永遠のゼロ” (お申し込みがない(><))

なのかもしれませんでした。でも、それでもよかったのです。

こうやって発信できることろまで、

たったの半年でよくたどりついたなあと思いました。

 

そうして告知した翌日、

2月26日 Gate#52 記憶の扉が開く日に

そのメールは届きました。

知らないアドレスから届いたそのメールには

”3月21日参加します”と書いてありました。

 

さ、参加しますーーーー!?

参加してくださる方がいる。。。。。

本当に~~~~~?

うれしくて半分泣きながら何度も何度もメールを見て

すぐまみさんちくさんに報告し、お二人とも喜んでくれました。

 

参加の名乗りを上げてくださった方。。。

それは安池泰子さんという方でした(ご本人に承諾いただいて

お名前を載せさせていただいております)。

 

安池さんは神戸メンタルサービス所属のカウンセラーをされている方で、

ワークで何度かお会いしたことはあるけれど、

特別に仲が良かったわけではありませんでした。

それでも私のお茶会に興味をもって下さったのです。

 

そして当日3月21日、私は朝からものすごく緊張して

待ち合わせの駅までゆきました。

泰子さんともうおひとりの参加者の方と3人で、

予約したお店に向かいました。

 

おいしいランチを食べ、イージーアップをお伝えし、

イージーアップランチ会はあっという間に終わりの時間になり、

もう一人の参加者の方はそこでお帰りになられました。

 

私と泰子さんは、

盛り上がってきたしおしゃべり続行!ということで

近くのコーヒーショップに場所を移して

さっそくおしゃべりの続きを始めました。

 

お互いが所属している神戸メンタルサービスの話になり、

上級コースに入ってもう10年目になってしまったこと、

ミニワークをやるつもりでいたけど、

できないまま一人フェイドアウトする事になった経過、

泰三さんのことなど、全部話しました。

 

それを黙ってずっと聞いていた泰子さんは聞き終わると、

”ミニワーク、やろうよ!手伝うよ!”

と、笑顔で言ったのです。え? と、思わず聞き返しました、

ミニワークは来世でやります(^^;)くらいに思っていた私は、

手伝ってくださる方が再び現れるとは全く思ってもいませんでした。

彼女はニコニコしながら、続けて言いました。

”受付はやるよ、レジュメも残っているから参考にして

 

どうも本気でそう言ってくれているらしい。。。。。

私はただただ驚いて、泰子さんをじっと見つめました。

 一瞬泰三さんが帰ってきてくれた気がしました。

お名前も似ているのです。。。

 

そして思ったのは、”子供ってこうやって親の元に

生まれてくるのかもしれない。。。”ということでした。

 

子供は生まれてくる前に、空の上から地上を見下ろしています。

そうして、

”あのおうちのあのお母さんがなんか気になる、

あそこのおうちに生まれよう”、って生まれてくるのだという、

そんなお話があるのです。

暗い顔をしたお母さん、しんどそうなお父さん、

それを助けようと思って生まれてくるのだそうです。

 

泰子さんが申し込みをしてくれた頃の私は

暗闇をたった一人でトボトボ歩いているような状態でした。

 

前職を辞めるかどうか、という時の私は

その職場でうまくやれなかったという罪悪感でいっぱいでした。

何度ももう無理と思う状況があって、でも

それは自分が悪かったのではないかと感じ、

そしてまた、あの職場には誰も私の味方はいない、

そんな気がしてしまっていました。

怒りや孤独感や閉塞感、そしてその職場にいた10年の間に

たまりにたまった澱(おり)というものを

もうどうにもできない、そんな気持ちでいっぱいだったのです。

 

そんな真っ暗闇で独りぼっちの中、

突然お茶会に参加するという方が現れたのです。

そしてその方が、解決のゲートの日に

ミニワークを手伝うからやろう!!って言ってくれたのです。

 

それは暗闇に射した光そのものでした。

まるで、絶望して死にそうなお母さんのもとに

”お母さん、私が助けるからね!”って 

赤ちゃんが光り輝きながら産まれてきてくれた、

それくらい私の前でニコニコしている泰子さんは

まばゆい光を放っていて、まさしく光の人でした。

 

私は目の前に出された泰子さんの手を 

今取らなければもう、本当に一生ミニワークをやる機会は

ないと思い、思わず ”うん。。。。”と返事をしていました。

 

泰子さんは更に、私には不可能と思われた

イージーアップというボディワークを

心理学に落とし込む、という荒業をやってのけます。

”深呼吸をしながら深い意識につながるワーク”、

こう表現すれば心理学で問題ないでしょう?”

 な、なるほど。。。。(・`д´・;)ス、スゴスギ・・・。

 

こうして、3月21日解決のゲートの日に

私の”ミニワークできない” が

本当に解決してしまったのでした。

 

この後私は、泰子さんという心強い協力者を得て

いよいよミニワークに向けて動き出すことになります。

が! 

メデタシメデタシと行かないところが人生というもので、

ミニワーク開催までの4か月間、

”ミニワークやりたくない。。。”という強烈な抵抗に

悩まされることとなるのです。。。。

それはいったいなぜだったのでしょうね。。。。

 

続く。。。

 

 安池泰子さんのブログはコチラ ↓

 

blog.livedoor.jp

奇跡に導かれたミニワーク開催。。その4「まみさんから解決のゲートへ」

みなさまこんにちは、あっこです。

泰三さんからのつながりで、

次は杉本真由美(まみ)さんの登場です。

 

泰三さんが亡くなられ、そのお葬式に関連して

泰三さん関係のいろいろな方の情報がFB上を飛び交うなかで、

なんとなく気になったのがまみさんです。

 

初めてリアルでお会いできたのは、泰三さんが亡くなられて

半年以上後のことでした。

まみさんからイージーアップを教わり、スカイプで個人セッションを受け

その流れで2016年10月、まみさんとちくさんが講師をつとめる

”萌えるビジネスコンサルタント塾(略して萌えコン)”に

入ることになります。

 

まみさんとかかわると様々なことがとにかく加速します。

とにかくこの方に会わなかったら、そのあとに

起こる奇跡の数々にも出会えなかったと思っています。

 

10月1日に萌えコンが始まって、

11月には それまで1年かかって進めないでいたブログを立ち上げ、

年が明けてから考えも及ばなかったメルマガも始め、

最初のころは本当によく ”まだたった〇か月しか

たっていないの???”と思っていました。

 

そんな中で ミニワークをやりたいという話は、

結構最初のほうからしていたように思います

(あまり覚えていない。。)

 

なにしろ上級コース生になってその年でまる9年たっていたので、

”ミニワークをやりたいとは思うものの。。。”

と、そこから全く進めずにいて、まみさんから

それってやるやる詐欺だから、と突っ込まれることになった時のことが

この日記です(^^;) コチラ ↓

 

stargate-n.hatenablog.com

これが去年の12月の事でした。

 

それから年が明けて、今年の1月頃に

ミニワークを本気で企画し始めた私がいました。

自分が今、自信を持ってできることはイージーアップなので、

イージーアップを中心に、参加された方に楽になって

もらえるような内容の企画を考えました。

 

そしていよいよ、事務所に企画書の提出に関して

電話することになりました。

 

手がぶるぶると震えているのがはっきりわかり

心臓がバクバクと音を立てます。。。

なにしろこの電話つながってしまったら、10年締まっていた扉が

開いてしまうのですから、それはもうドキドキなわけです。

 

電話がつながり、事務所の方が

ホームページとパスワードを教えてくださって、

そこ詳しく書いてあるからそれを見るよう言いました。

 

実は、受講生用のホームページなんて

今まで開いたことがなかったので(^^;)、

そこで初めて、上級ミニワークの規定に関することを知りました。

 

そこには、”イメージワークやボディワークは禁止、

あくまで心理学に基づいたもので”とありました。

ええ~~!?イージーアップはダメなの。。!?

イージーアップは心理学ではなかったのです。。。。

 

心理カウンセラー養成コースの卒業課題なのですし、

何かあっても事務所としても責任が持てない、というのは

最もな言い分だと思います。

 

でも、ミニワークができないまま10年目に入っていて、

まみさんと出会い、物事が加速する萌えコンに入り、

ようやくイージーアップを中心に企画を組みだし、

震える手でようやくかけた事務所への電話、

本当にやっとやっとミニワークが開催できる!

と思っていたのに、ここまできてダメだとは。。。。

最初に規定を調べてから企画を立てればよかったと、

自分の詰めの甘さを呪いました。

 

企画全体を心理学風に組み替える、という方法もありますが、

それはその時の私にとっては、少し変な表現かもしれませんが、

イージーアップという立体の形のものを

心理学という平面図形に落としこめと言われてるような

複雑さがあって、ようするに無理だ。。。と

思ってしまったのです。

 

そう思ったとたん、心がポキッと音を立てた気がして、

がんばっていた自分の中の何かが

ぺちゃんこにつぶれてしまった気持ちがしました。

それは穴が開いて しかも破れてしまった風船のようで

もう一度膨らませたりとか

ましてや修復なんてとても不可能に思われました。

 何もかももう無理なんだ。。。。。。

 

けれどもこの時、心のすごくすごく深い隅っこで、

これだけやってだめだったんだから

もういいや。。。。 と思った私がいたのです。

ミニワークができなくなって

がっくりしている心のどこかで 実は

やらずに済んでほっとしている

と感じている自分がいたのです。

 

そのくらい、ミニワーク開催に抵抗があって、

いったいどうしてそれほどの抵抗感を感じていたのか、

その抵抗感から10年もこじらせてしまった

本当の理由はいったい何だったのか。。。

それがわかるのはこの約半年後。。。

実にミニワーク開催の前日になります。。。

 

とりあえず、ミニワークができないとなった時点で、

私は大きく方向転換します。

かねてから萌えコンで薦められていた

自分主催のお茶会を開く方向に進むことにするのです。

 ゆくゆくは、スカイプや対面で個人セッションをしたいと

思っていた私に、萌えコンで出された課題は

”あなたの事を多くの人に知ってもらって” 

というものでした。

 

こうして、3月21日をお茶会を開く日と決めました。

3月21日は宇宙の新年だと占星学では言われているし、

ゲートの意味もよい感じだから、と

本当にそんなふうに軽い気持ちで決めました。

 

 3月21日・・・Gate#63 「解決に向かう日」

無理だとあきらめかけていたことについて、

解決に向かうきっかけが宇宙からもたらされるだろう。

時間軸と空間軸の設定が整合化されれば、どんなことも

現実になる。  辻麻里子さん著「数字のメソッド」より

 

これがまさしくその通りになろうとは、

全く思いもしていなかった。。。

これが今年の2月の出来事です。

 

次はいよいよ3月、

解決のゲートをくぐってやってきた人と出会います。

つづく。。。

 

 

 

 

 

奇跡に導かれたワーク開催。。その3「泰三さんのくれたギフト」

こんにちは、あっこです。

昨日泰三さんの事を書いていたら

もう一つ、泰三さんについて書きたいことがでてきました。

 

泰三さんが突然亡くなられて 暗く沈み込んでいた私は、

5月にごめんなさいした神戸メンタルサービスの

3日間の7月ワークに参加することにします。

 

3日間のワークは3日間通して出なくても、

そのうちの2日間の参加ということもできます。

私はその時の3日目にどうしても抜けられない仕事がありましたが、

遅番なので もし3日目を途中でぬけられるなら

3日目も参加できる、という状況でした。泰三さんのこともあったし、

少しでも長くワークに参加したかったのです。

 

その件で事務所に問い合わせの電話をしたら、

電話に出た女性の方は 私の話を聞くと開口一番

”終日参加が原則です、3日目をキャンセルしようとは

思わなかったんですか?”と、ちょっと強い口調で言いました。

 

はい~~?(`-´#)イラっ!

休もうと思わないから聞いてるんだよね?

 

とりあえず、3日目の最終セッションが始まる前という

タイミングで帰らせてもらうことになりました。

セッションの最中は ドアをしめ切っており

出入りは一切禁止されています。

それは、セッション中のドアの開け閉めや人の出入りがあると、

せっかく出始めた感情が途切れてしまう恐れがあるためです。

そのため、一つのセッションの区切りがついた休憩時間に帰る、

ということになったのです。

 

その7月ワークの2日目、ジョイニングというセッションを

することになったのですが、不思議なことがありました。

 ジョイニングとは、相手と目と目をただ合わせるというもので、

アイコンタクトを通して感情を感じるというものです。

 

この時、受講生・アシスタント全部で150人くらいが会場に

いましたが、平さんが自ら この人にはこの人、と一組一組

選んでペアを作ってゆきました。150人もいるのにです。

 

私はなかなか呼ばれず、やっと呼ばれたと思ったら

相手の方は 今まで一度もワークで会ったことのない、

知らない男性でした。向こうの方も私を知らないなあという感じで

こちらに向かってぎこちなく頭をぺこりとさげました

 

椅子を動かして向かい合う態勢にしたとたん、その人が

”あれ?俺たち確か泰三さんのところで会いましたよね!?”

え?!

そうです、5月に初めて泰三さんのミニ講座に行った時に

いた人だったのでした。

彼とバディを組ませてもらったおかげで私は

これ以上はないくらい泣きました。

泰三さんが亡くなったのがあまりに突然で

きちんと泣いていなかったのです。 

ようやくちゃんと泣けた。。。

 

ところで150人も人がいる中で、どうして平さんは私たちを

組ませたのだろう、という話になりました。

私たち二人が泰三さんのミニ講座に参加したことは

平さんは知らないはずだったからです。

 

二人で平さんのところに行って訳を聞いてみたら

”う~ん、なんとなく。。”との事。

ちょっとだけ背筋がゾクっとしましたが、

これも泰三さんが見守ってくれてるってことだね、と

その人とはお話しました。

 

そうして時間が過ぎていよいよ3日目に突入します。

この日、私は朝から緊張していました。

みんなに迷惑をかけないように、スムーズに帰るには、

という事で頭がいっぱいでした。

ワークというのはいわゆる生ものなので

始まってみないと何時に終わるのか誰にもわからないのです。

なのでまったく時間が読めない状態だったのです。

 

どんなに遅くても、17時には会場を出ないと仕事には間に合わず、

かといって、セッション最中の途中退席は許されません。

何時に午後一番のセッションが始まるか、それには午前中のセッションが

何時に終わるのか、そこから気にかけなくてはなりませんでした。

 

思ったより長かった午後のセッションが16時に終わり、

16時20分までの休憩とアシスタントがアナウンスしました。

16時15分になると会場整備のため、受講生は会場内には入れません。

また、休憩時間が終わって次のセッションが始まったら

今度は出ることが許させません。

なので、この時点で私に与えられたのは

16時から16時15分までの、たったの15分間でした。

 

この15分の間で、平さん・リーダー・アシスタントの方々・

そして同じグループの人達への挨拶を終わらせ、

書けなかったメッセージカードを書き、

お世話になった人とハグしたり、

苦手だなって思った人に声をかけたりと

 

とにかくやらなければならない事、やっておきたい事が山ほど

あったのです。

私以外の人にとっては ただの次のセッションへの待ち時間なので

のんびりゆったり 談笑しているみんなの中

ただ一人 私だけが猛ダッシュで会場内を走り回っていました。

 

 あっという間に15分が過ぎ、私は慌ただしくみんなに別れを告げ

会場から駅に向かって走り出しました。

その時ふと、こんなことを思いました。

泰三さんて亡くなる前、

こんな気持ちだったのかもしれない。。

 

きっと泰三さんも天国の事務所の人に

地球滞在の延長願いを出し、こんな風に言われたに違いありません。

”病気もたくさんして そんなボロボロの状態で。。。。

もっと早くこちらに帰還しようと思わなかったんですか?”

 

それを聞いた泰三さんもきっと吠えたでしょう、

”思わへんから言うてねん===ヽ( `皿´ )ノ

少しでも長く地球に滞在したい、そしてできるだけの

事をしてから逝きたい、そう思われたにちがいありません。 

 

そして、思うのですが、

泰三さんは決して苦しんで逝かれたわけではなくて

猛ダッシュで走り回り、できるだけのことをされて

本当にやり切って、ある程度満足されて、

”あとはみんながんばってね~~~”と

笑って逝かれたような気がします。

そう思えてようやく 胸のつかえがとれた気がしました。

 

 本当に短い時間しか一緒にいられなかったけど、

泰三さんはたくさんのギフトを私に残してくれました。

その泰三さんつながりで知り合えた

やじるし屋 杉本真由美さん(まみさん)。

 

明日はいよいよそのまみさんとのお話です。

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇跡に導かれたワーク開催。。その2「長谷川泰三さんのこと」

みなさまこんにちは、あっこです。

昨日の続きで、長谷川泰三さんが現れたところです。

 

その前に 長谷川泰三さんについて少し書きます。

車いすのカウンセラーとして、24時間テレビのドラマにも

なった長谷川泰三さんは、平準司さんの右腕として

神戸メンタルサービスのカウンセラーとして活躍されました。

 

4歳で一家離散、中学になるころはグレて暴走族の仲間入りをし、

15歳でチンピラとのトラブルから大きな事故を起こして

下半身不随になってしまい、医者から”君は一生歩けない”と

告げられます。

絶望した彼は、東尋坊での自殺を試みますが、たくさんの

人に助けられる、という経験をします。

 

その後結婚しましたが、いろいろな問題をかかえ、

もういよいよだめだと、ビルの屋上から飛び降りようとします。

その時、自分のこの世での最後の言葉を誰かに

聞いてもらいたいと電話することにします。

400枚近い名刺をたぐっていると、その中の1枚が

下に落ちました。みるとそれには”平準司”と書いてありました。

 

そこで彼は、一度しか会ったことのない平さん電話をします。

平さんは泰三さんを一喝、”死ぬ前に誰かの役に立ってみろ!”

と、自分が主催するグループセミナーへの参加を命じます。

 

そのセミナーで彼はアシスタントとして参加しますが、

あるフォーカスパーソンの女性のお父さん役に選ばれます。

それは、お父さんを自殺で亡くされたという方でした。

 

その女性は泰三さんに目の前に立ってもらって

泰三さんこう言いました。

「お父さん、どうして死んだの?わたしが悪いの?」

 

泰三さんはまるで自分に言われているような気がして

思わず感情が入って

「違うよ違うよ、お前は悪くないよ、そんな悲しい顔

しないでくれ!」と言います。

 

この会のセミナーはお父さんを亡くされたという方が多くいて、

泰三さんはその度にお父さんの役に選ばれてしまいます

 

こうして、セミナーを通して自分の持っていた痛みや

残された人達の苦しみ、いろいろなものがたくさんの涙となって流れ、

2日間泣き続けて目が腫れるほどだったそうです。

 

この平さんのセミナーへの参加で

泰三さんは、自分の痛みが同じ境遇の人を救うという

経験をします。そして自分の痛みから目をそらさず

受け入れることができると癒されるのだということを知ります。

長谷川泰三著 「命のカウンセリング」より内容を抜粋

 

 こうしてカウンセラーとして有名になり、

やがて神戸メンタルを離れて独立された泰三さんは

北陸を中心に活動されていました。

 

その泰三さんが、東京で少人数の講座を開きたいと

コース生を募集していたのが2014年の春先でした。

私がそれを知ったのは4月で、すでに募集は打ち切られていました。

それでも5月に、2時間の講座が数回あるようだったので

それに参加することにしました。

 

それこそ、以前ヒーリングワークで一度しかお会いしたことのない

泰三さんの講座に行ったわけです。

その2時間の短い講座で、癒されて号泣した私に

泰三さんはコース生にならないかと誘ってくれました。

 

私は泰三さんに正直に、まだ神戸メンタルに籍があり、

上級ミニワークができないので卒業できないのです、と言いました。

そうしたら泰三さんは ガハハハッと笑ってこう言いました。

 

”上級ミニワーク、あれは俺が企画したものなんや、

 よっしゃ、手伝ったる!ミニワークやったろうやないけ!”

 

ええ~~~~~!!?

企画したご本人が手伝ってくれるというのです。。。。

ようやくミニワークが開催できる、と

心の中に光が射したような思いでした。

 

泰三さんは、ミニワークで一番大事なのは何か知っとるか?”と

聞きました、私は”企画の内容ですか?”と答えたのですが、

泰三さんは首を横に大きく振り、

”あのな、一番大事なんは集客や!”と言いました。

これを私は、数年後 身をもって知ることになります。

 

また、このまま泰三さんのところに来ることに、

神戸メンタルに対して裏切ってしまったような

罪悪感があることを見抜いていた泰三さんは、

”平のおっちゃんに、泰三のところに行くと言えばいい、

そうすれば全然知らないところに行くわけじゃないから

おっちゃんも安心するから。”と言ってくれました。

 

それが5月の第1週目で、さらに続けて2週目、3週目と

泰三さんの2時間講座に通った私は、

急激に癒されたからかエネルギー負けしたからか

ものすごく、へとへとに疲れていました。

仕事では数年ぶりの体調不良で早退するくらい

疲労困憊していました。

 

5月の第4週は、開催の2か月前にはもう出席を決めていた(!)

神戸メンタルサービスの2日間のヒーリングワークがありました。

でも実は、泰三さん主催の2日間ワークも

まったく同じ日程で行われる予定でした。

 

迷った私は、神戸メンタルにごめんなさいして(^^;)

泰三さん主催のワークに出席しました。

 

それが、泰三さんとこの世で会う最後になるなんて

この時は思いもしませんでした。。。。

 

5月に4週連続で泰三さんの講座やワークに参加し、力尽きた私は、

6月の第1週目の泰三さんの講座をお休みします。

ゆっくり休んで、6月第3週に泰三さんが東京でコース生を募集した講座の

第一回目があるので、それにそなえようと思いました。

 

そんな6月の第2週目、

突然電話が来て、泰三さんが金沢で

ヒーリングワークを開催している最中に

倒れられて亡くなられたと連絡がありました。

 

ショックでした、とにかくショックでした。

6月の第1週の講座に行かなかったことを

ものすごく後悔しました。

そして同時に、ミニワーク開催も無理だと思いました。

 

それからはもう ミニワークという言葉は

私の心の中で封印され、二度と燃え上がることはないはずでした。

 

ところがそれから2年がたったころ、

再びこのしけた燃えかすのようなところに

火をつける人が現れます。

 

泰三さんのお葬式の関係で知ることになったその人、

それが ”やじるし屋杉本真由美”さんでした。

 

つづく。。。。

 

奇跡に導かれたミニワーク開催。。。。

みなさまこんにちは、あっこです。

前回ブログを書いてからずいぶんたってしまいました。

 

去る7月29日、ミニワークを開催させていただきました。

ミニワーク開催というのは、

私が所属する神戸メンタルサービスの上級コース生の

卒業必須課題です。

 

ミニワークを開催することは

ものすごくハードルが高いものでした。

私自身が思っているよりも もっともっとずっと。。。。

 

なぜならそれは、わたしにとって

自分の中のたくさんの痛みを見る必要があり、

否が応でも痛みと向き合わなければならないことでもありました。

 

なので 私はそこから逃げ続けていました。

 

心のどこかで ミニワークをやらなくちゃ、

きちんとミニワークをやって卒業式をしたい、と思いながらも

時は進み、上級コースに入ってから

実に10年もたってしまっていたのです。

 

上級コースに入り、既定のワーク参加回数をこなしても

課題の上級ミニワークを終え、その報告書を事務所に提出し

OKがでなければ正式な卒業と認められないのです。

なので、ミニワークをやった人だけが

卒業式を開いてもらえるのです。

 

以前このブログで、

上級ミニワークをやりたい、やる、とは言うけど

全然進めずにいたのを 

やるやる詐欺やってます」という題でブログに書きました。

去年の12月の事です。

 

stargate-n.hatenablog.com

 

 このころは、まさか本当にミニワークを開催できるなんて

夢にも思っていませんでした。

 

あまりにいろいろなことがあったので、

ミニワークを開催するまでの

てんやわんやをブログに書こうと思っています。

 

 そのまえに、そもそも神戸メンタルサービスって何?という

お話になりますね。

神戸メンタルサービスというのは、

代表 平 準司さんが1989年に個人カウンセリングを

始めたところから成り立っています。

カウンセリングに出会う前の平準司さんは 

有能な銀行員でしたが、

1988年にビジョン心理学(プロセス思考の心理学)の創始者である

チャック・スペザーノ博士に出会い師事。

 

当時の日本では、カウンセリングというのはまったく受け入れられて

いませんでしたが、阪神大震災以後、

心や癒しというものが少しずつ注目され、

今では、多くの方がカウンセリングを利用されたり、グループセラピーに

参加されるという状況になっています。

 

ところで、上級コースに入って

今年で10年になってしまう、と さっき書きましたが、

実は今から5年くらい前に、

どうしてもミニワークができない、と思って、

そのままフェイドアウトすることに決めたことがありました。

 

まず テーマが決まらない。。。

”君しかできないことをすればいいんだよ”と平さんはいいますが、

それが何のか私にはわかりませんでした。

それに、私の知っていることはたぶんみんなも知っているのだろうし、

そして 私のワークに来てくれる人なんているのかなあ。。。

そんな思いから、コース生としてヒーリングワークに

出られる残回数を事務所に確認し、

その回数をこなして消えてゆこうとおもったのです。

 

ミニワークをやっていないので 卒業式はしてもらえないけど、

それでももういいや。。。そう思って事務所に電話しました。

その時、確かあと2回残っていたのです。

 

そうしたら事務所の方が

”うん、そうですね、細田さんはあと2回残っていますね。”

でも。。。”

 

でも?え?なんだろう?(私の心の中)

でも、数年前に規定が変わっていて、

細田さんのコースはヒーリングワーク参加7回から

12回になったので、あと5回でていいですよ”

 

はい~~~?

あと5回出ていいって。。うわぁ。。。びっくり。。

 

なんと、あと2回だったのが5回増えました。。。

3回もプラスされたということは

この時のペースだとあとまるまる1年はかかるので、

その間にもしかしたら、ミニワークでやりたい内容が

でてくるかも。。。。と思いました。

首の皮一枚でなんとかつながったわけです。。

 

不思議なことにこの後も

”ミニワークできないのでフェイドアウトする!”と

コミット(決心)すると

”手伝うよ”と言ってくれる強力な助っ人が

現れるということが起こります、あと2回も。。。。

 

次に現れたのは 故長谷川泰三さんでした。

つづく。。。

 

探さない。。。あるの。。。!(ALiVeセミナー第2弾 in 浅草)

こんにちは、あっこです。

行ってきました、ALiVeセミナー第2弾 in 浅草。

こちらのセミナーです ↓)

chiku-kun.com

 今回私は、”もう一度あの倍音を聞きたい!”

そんな思いから2回目の参加をしました。

 

そこには知っている顔もたくさんあって、

安心して望めているはずなのに

今回は倍音があまり聞こえない。。。。。?

 

一生懸命その周波数帯へのアクセスを試みるのですが、

前回ほど聞こえない気がする。。。

 

そして声も、大声をだしているつもりなのに、

のどがせばまる感じがして

通りが悪いというか、出きらない感じなのです。

 

そうしてセミナーが終わり、懇親会にも参加して

15時半ころ会場を後にしたのですが、

ものすごい疲労感とものすごい眠気が襲ってきました。

 

とにかくへとへとよりももっと疲れている、

そして気を失いそうに眠い。。

 

その日私は、夜ご飯を作る元気もなく、

また、いつも午前3時半をすぎないと

布団に入らない私が(!)、

なんと、午後21時には寝てしまいました。

その翌日もほぼ1日うとうとしていました。

 

結論をいいましょう!

今回のALiVeセミナーは私にとって

ガンガン倍音が聞こえて云々というものでは

なかったからこそ、余計怖い!!余計深いのです!

 

私が一生懸命アクセスしようとしていた周波数帯は、

つながろうと思えば思うほど遠ざかる、

いわゆる 逃げ水 のようなもの。

(蜃気楼の一種、5月の良く晴れた日とかに見えます)

一生懸命さがすものではないのです、

なぜならそこにすでにあるものだから。。

 

チエミ嬢も言うでしょう

探さない。。。あるの。。。!

 

あるものを探したら ”ないもの”になってしまう

だから自分で探せないと思ったら

そのまま ”場の力”にまかせればよかったのです。

一人で頑張らなくても大丈夫、

そこを信じられればすぐ倍音はたくさん

聞こえたと思います。

 

それと、自分の本音につながることへの抵抗が

声を出しにくくしていたと思われます。

耕太郎さんは”だみ声でいいんだよ”と言っていました。

 

”えー、そんな声だしたらのどがつぶれない?”と

私は思っていましたが、やっぱりチエミ嬢は言うでしょう

つぶれない。。。出すの。。。!

 

ちなみに、懇親会でまみさんに、

ブログで情けない自分とか落ち込んでることとかについて

書くことが多いけど、読んでいる人に

”あっこさんってなんかねえ、問題多い人?”

とかって思われてしまうんじゃないかって思って

時々アップするのをやめようと思うことがあります、

という話をしました。

 

そうしたらまみさんは、

”そう感じてしまうという、それも書くんだよ”と

言ってくれました。

 

まだまだ自分を見せるのが怖い

こんな自分は嫌われると思ってしまう

そんな風に感じていたんだなあ。。。

そういったのが今回のセミナーに参加したおかげで

またまた たくさんでてきてくれました。

 

こういったものは出てきさえすれば

あとは認めて感じ切るだけです。

それでちゃんとさよならできるのです。

6月30日は、夏越しの祓だったので、

いらない思いは全部、神社でいただいた人形にうつして

さよならしました。

 

ちなみに、

今回のセミナーの一番最後にやったヒビキアワセ、

これはもうみんなの周波数がピタっと合った

最高のものでした~~~(^^)。

この時はすごく倍音が響いているのがわかりました。

 

 なにしろ自分が自覚できないだけで、

あの場のエネルギーというものが

私にとっては大きすぎて 許容範囲を超えたので

あの疲労感だったわけです。

 

あ、それと今回の不思議体験です。

今回は帰れるはずのない過去にいる、

そんな感覚を体験しました。

 

今回の会場で、

部屋の中から窓の外を見た時の雰囲気が、

私が ”宇宙人Y先生”と呼んでいる方の

セッションを受けていた部屋からの風景と

酷似していて驚きました。

 

宇宙人Y先生は、私に宇宙のいろいろなお話を

してくれた方です。

建物自体がもうなくなってしまったので、

あの場所に帰れるはずがないのですが、

リアルにタイムスリップした感覚でした。 

自分が今にいるのか、過去のその時のその場所

にいるのかわからなくなるというか

 

透明なアクリル板に描かれたまったく違う絵を

重ね合わせたら一つのちゃんとした絵になった、

それを見ている、というかそんな感じでした。

 

今回のセミナーの場のエネルギーと、

もう何年も前になるけど Y先生とのあの時間の

エネルギーの周波数がぴったりと合ったから

なのでしょうね。

 

と、今回もいろいろなことが起こった

ALiVeセミナーですが、

今回私が参加したのは、いわゆるお試しです。

本格的にセミナーがスタートしますので、

リンク先がわかり次第ブログにもアップしますね。

おもしろそうだな、お話を聞いてみたいなと

思われた方はぜひ!

 

そういえば、

”ALiVeセミナーに参加すると、手放しが進んで

断捨離したくなるんだよ”、というようなことを

今回参加したとき、主催者の耕太郎さんが言っていましたが、

それで思い出しました!

 

前回参加したのが6月11日でしたが、

そういえば、その3日くらい後、

なんだか急に思い立って、部屋中を大掃除したのです。

断捨離したい人、セミナーに参加してみるとよいかもですヨ♡

 

 ₊ ⁎⁺˳✧༚*・゜゚・*:.。..。.<お知らせ>:*・・*:.。. .。.:*・゜゚**・゜゚*:.。..。.:*₊ ⁎⁺˳✧༚

 
  
      細田亜紀子 上級ミニワーク
 
 
☆共通テーマ 『自分の存在価値を受け取ろう』
 
 
    第一部 「母の気持ち」
    第二部 「ミニワークができずに10年もこじらせた私がミニワーク開催できたワケ」
 
 
 
☆日 時     2017年 7月 29日(土)
 
 
 
☆場 所     川口貸会議室 http://kawaguchi-kaigi.com/access/
 
          〒332-0017
          埼玉県川口市栄町3-12-16 阿部ビル2F奥
          京浜東北線川口駅より 徒歩5分
 
          ※入り口はリサイクルショップの横の階段を2階に上がって
            一番奥の扉になります。
 
                  
                     ※お手数ですが、こちらのアドレスをコピペして開いていただくと、  
       写真付きで会場までの道順をご確認いただくことができます。
 
 
 
☆受講料    どちらか一部のみのご参加の場合 3000円
        一部・二部通してのご参加の場合  5000円
 
 
 
☆参加資格   どなたでも大歓迎です。養成コース生でなくてもOKです。
 
 
 
☆持ち物    筆記用具と、下敷きになるようなもの
 
 
 
☆連絡先     akaisora_arukumono@yahoo.co.jp
 
 
 
☆緊急連絡先  gate23088@ezweb.ne.jp
                       080-3005-8992(細田亜紀子携帯)
 
 
※事前にご予約をいただけますと、人数を把握するうえで大変助かります。
 その際には  akaisora_arukumono@yahoo.co.jp 宛に
 お名前とご参加の旨お書きください。
 
 
 当日の飛び込み参加ももちろん大歓迎です。
 
それでは、お読みいただきましてありがとうございました。
当日みなさまにお会いできることを心待ちにしております。
 
また、当日はワーク終了後は自由参加の打ち上げも予定しております。